歴代200勝達成投手一覧表日米通算も込みで200勝投手のまとめ

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今回の記事では200勝投手について記事を書いていきたいと思います。

プロ野球の中で200勝という記録を達成するのは限られたピッチャーが成し遂げられる名誉だと思います。

20年プロ野球選手として活躍したとしても、毎年10勝はしなければなりません。

プロ野球界のピッチャーなら誰もがうらやむ名誉、200勝投手。

先発投手の難関とされる200勝について、今回は書いてみたいと思います。

そして、大卒投手なら、さらに狭き門になることでしょう。

今回の記事では200勝の歴史を振り替えりながら書いていきます。

それではさっそく見ていきましょう。

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歴代200勝投手一覧

金田 正一 400-298(944)

米田 哲也 350-285(949)

小山 正明 320-232(856)

鈴木 啓示 317-238(703)

別所 毅彦 310-178(662)

スタルヒン 303-176(586)

山田 久志 284-166(654)

稲尾 和久 276-137(756)

梶本 隆夫 254-255(867)

東尾  修 251-247(697)

野口 二郎 237-139(517)

若林 忠志 237-144(528)

工藤 公康 224-142(635)

村山  実 222-147(509)

皆川 睦雄 221-139(759)

山本  昌 219-165(581)

杉下  茂 215-123(525)

村田 兆治 215-177(604)

北別府 学 213-141(515)

中尾 碩志 209-127(516)

江夏  豊 206-158(829)

堀内 恒夫 203-139(560)

平松 政次 201-196(635)

野茂 英雄 201-155(462)日米合算

藤本 英雄 200-87(367)

黒田 博樹 200-179(524)日米合算

※勝利-敗戦(登板試合)

200勝を達成した投手は全部で何人?

200勝を成し遂げたピッチャーは延べ24人に及ぶまでなります。

その中で、最多勝利の400勝投手である金田正一が特に著名ではないかと思います。

国鉄スワローズで長い間先発の使命を果たし、その血気盛んな性格も影響し、仲間内でのニックネームは金田天皇と称されていました。

新幹線の移動も1人でグリーン車に乗るとか裏話に事欠かない投手であります。

更に、このところ自分自身の最高球速を180キロと壮語していました。

400勝298敗の通算成績から考えても、それはそれでさほどおかしくないと感じてしまうのが不思議ですね。

スピードガンが無かったので、本当だったりして。

このところ広島東洋カープの黒田博樹投手が200勝を達成したのが記録に新しいと思います。

高校時代は名門上宮高校の二番手投手、高校三年間で公式戦での登板は一回きり。

しかし黒田投手はそこから這い上がり、ついにはメジャーのひのき舞台に達するまでたったのだから、努力の重要度を明白に教えられます。

200勝を達成した投手の価値は?

200勝に関してはこの頃、ピッチャーが望むお題目だと言ってもいいでしょう。その位クリアーが困難でかつ栄光なことだと思います。

黎明期とはいまではレベルが二けたばかり差が出てきます。

金田正一や、江夏豊の時代は、言ってみれば天才達が自らのスキルにおぼれながら、周りのレベルが低い分、そのような圧巻の結果を残すというのが可能になりましたが、リトルリーグやシニア、ボーイズという環境が整備されている今の時代、一山いくらの選手と言えるものは存在しません。

レベルが磨かれた分、神がかった成果を残すプレーヤーというのも減少し、ビッグネーム不在の時代とも言えるのかも知れません。

200勝。 天才の中の天才の証ですね。

歴代で200勝を最初に達成した投手は?

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マウンドに立ち200回勝利を積み上げたピッチャーと言いますと、八十年以上継続しているプロ野球界でも歴代24人しか存在しておりません。

ならばなぜそれほどに、困難を極めるのでしょうか。

何と言っても肩と肘を芸術的に使い、150キロ近い剛速球を投じるのは、余程のストレスがなにより強いられるということが一点と、人間の肩と肘は個人個人で差があるにしても肉体の原理上ダントツに怪我しやすいという部分が言及されるでしょう。

されど、プロ野球に入ることが可能な人は度々限界と考えられるものを難なく超越してしまうのです。

限界を超越した所にある栄光、これが200勝であると言えます。

はじめて200勝を成し遂げたのは藤本英雄といった投手となっていました。

戦前戦後にて巨人軍のエースとして働いた藤本は、日本初の完全試合とノーヒットノーランを実現し、防御率0点台、シーズン勝利数39を記録する天才的な成績をキープするなど大投手の名をほしいままにしました。

とは言っても、それにまでの登板数は367。 戦争に拍車がかかった1943年には登板数56、先発回数46、投球回数は432回に及びます。

参考までに、2017年最多勝を成し遂げたのはセリーグが菅野、パリーグが菊池なのですがこの二人は両者とも投球回数が200回にも達していないことを考えると、ビックリするぐらいのタフガイと言えます。

藤本は200勝目が現役最期の勝利ということで、最初に200勝を達成した投手になったのです。

200勝を現代で達成するために

なにより、体を頑丈にした方が良いでしょう。 これはもう最重要条件なのです。

体が頑丈ではなくては、根本的にマウンドに連続登板なんてもっての外ですし最悪死にます。

であるからこそ体を頑丈にし、怪我とは無関係、ピッチャー返しを顔面に受けても気にせず笑えるほどに鍛え上げることが重要になります。

その後、肩肘をこのうえないほどに鍛えてみた方が良いですね。

近ごろ肩肘は消耗品、ローテーションを取って大切にしようかのようなゆとり精神が評価されていますが、そりゃ甘えです。

て言うか7連投くらい簡単簡単と笑えるほどになっちゃいましょう。

実際、200勝を成し遂げている人は家にいる時間より、マウンド上にいることが多い位です。

チームがピンチ!「行きます!」

同点で延長!「行きます!」

ビハインドだけど逆転できそう!「行きます!」

入れ替わり立ち代わり登板して、勝ちをどん欲に拾いましょう。

加えて結論として、高校卒業後にプロ入りする人が間違いなく200勝を達成することが多い事が考えられます。

実際に先に述べた金田投手は18歳でプロ入りしてますし、200勝を成し遂げたピッチャーの大多数は高卒、大卒で200勝を達成したのはこれについても先に述べた黒田投手と二代目ミスタータイガースの村山実投手の二人だけです。

よってドラフトのタイミングで大学卒の場合は、厳しい戦いを強いられることになります。

今回は以上です。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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